平成23年7月3日〜7月9日、日本理学療法士協会からの派遣で、岩手県陸前高田市に行ってきました。 現地での一週間は、想像以上に短く、現地の状況と活動内容を把握する前に、派遣期間を終えてしまったように思います。人一人が出来る事はあまりにも少ないと痛感しました。しかし、出来る事が少なかったからこそ、「帰ってきてから何をするのか」という気持ちが強く残っています。 短期間だけ活動した身で、被災地の画像や状況を記載する事には、ためらいも感じます。しかし、4ヶ月が過ぎ、震災の事を考える事、目にする機会がどんどん減ってきていることも事実です。時間と共に人々の関心が薄れて行くのは仕方ない事ですし、ある意味必要なことかもしれません。とはいえ、現地にはまだまだ支援の手が必要な所が沢山あります。 この報告を読んだ人が、一人でも、思い出し・考え・行動する事で、支援の手が途切れずに続く事を強く願いながら、報告をさせて頂きます。 津波が来ていない場所では、一見被害がなかったのではないかと思ってしまう光景が広がっており、津波被害がある場所から、2〜3kmも上流に行くと、アユ釣りをしている人も沢山いました。そして、瓦礫の撤去は場所によって差がある状態でした。 市街地内では、多くの重機が稼働しており、多くの瓦礫は数ヶ所に集められ、各々巨大な瓦礫の山を形成していました。
市内数ヶ所では、スーパーや診療所やコンビニが、プレハブで営業を開始しており、自動車屋台でのお好み焼き屋さんや、お弁当屋さんをあちこちで見る事が出来ました。ガソリンスタンドも2ヶ所で営業を開始していました。まだ十分とは言えないものの、必要最低限の生活資源は、現地で何とか調達が可能な状況となって来ています(殺虫剤は圧倒的に足りない様子でした)。 そして、スーパーやコインランドリーが建設中であったり、流された橋が復旧中であったりと、少しづつではあるものの、確実に前進していると感じる事も出来ました。
私が現地に行った時には、仮設住宅の建設が進み、今ある避難所は7月中をめどに閉鎖される予定でした。 完成したばかりの仮設住宅の見学と、仮設住宅の環境整備の研修会にも参加する事が出来ましたが、一般住宅と異なる部分や改修への制約も多く、多くの知識と経験が必要であると感じました。 仮設住宅が完成し避難所を出る事に対し、これからの生活に対する不安を感じる方は多く、円滑に仮設住宅へ移る事が出来るかどうか、移行した後の生活に問題が起こらないかどうかが今後の課題のようでした。
避難生活の中で、生活に介助が必要になった人や、歩けなくなった人が非常に多く、加えて、熱中症や感染症も増加して来ていました。仮設住宅内での閉じこもりや自殺も増加傾向にありました。寝たきりの予防や心のケアの重要性が、非常に高くなってきている状況でした。 全国各地から集まった保健医療関係のスタッフ40〜50名程度で、保健医療関係の対策本部が立ち上げられ、現地での保健活動を行っています。本部は、県や市、各自治体から出向している保健師(自分の所属自治体でチームとなり、各地区を担当)、栄養と食生活の支援チーム、心のケアチーム、地域リハチーム(私が所属)等で構成されていました。 市内の医療機関や介護施設は、その多くが被災していましたが、訪問や仮設での診療などを積極的に行っているようでした。 まず、保健師さん達が避難所や仮設住宅や自宅を訪問して回り、必要性に応じ各専門職チームに紹介をします。私の所属した地域リハチームは、2名体制であり、保健師さんからの紹介を受け、その方の所を訪れて必要な対応(住環境整備、福祉用具の提供、運動指導、生活相談、必要な機関への紹介など)を行っています。 また、サロンなど地域の人が集まる場所に参加し、地域の方々とお茶を飲みながら話をして、保健医療に関する要望を聞いたり、個別の相談を受け付けたりもしました。 さらには、これからの陸前高田市の保健活動をどのように構成していくのか?そんな事を対策本部の方々や所属する日本理学療法士協会の方々と話し合ったりもしました。 とにかく、時間がいくらあっても足りない状況で、あっという間の一週間でした。 現地では、様々なボランティアや派遣された方々とも話をしました。 「瓦礫の撤去に来た人」、「緑のカーテンを作るために、トラックに材料一式積み込みやってきている人」、「大阪から来た警察官」、「自衛隊」、「仮設住宅で七夕会やバーベキューを企画する人」。全国各地から集まってきていた、様々な人達と「お疲れ様です」と声を掛け合いながら活動を行ってきました。 朝、宿を出発するときにも、名前も知らないボランティアの人が「行ってらっしゃい」と声を掛けてくれ、「行ってきます」と返し出発します。 そして、陸前高田市の人達は、道ですれ違う度に「ありがとうございます」、「暑いので無理しないで下さいね」と声をかけてくれます(少しの無理はさせて下さいと感じるくらい、こちらの心配をしてくれました)。 災害対策本部がある中学校の生徒たちも、「こんにちは」と大きな声で、こちらの目をみて、あいさつをしてくれます。 また、宿泊した温泉宿には、現地の方々も入浴に来ていました。仮設住宅、避難所、地域のサロンだけでなく、お風呂の中や旅館の玄関でも、地域の方々と沢山の話しをすることが出来ました。7月7日には、宿の近所の子供たちと短冊作りもしました。
今回の災害の範囲や規模を考えると、復興には気の遠くなるような年月が必要である事は間違いありません。一人でも多くの人の継続した支援と、一日でも早く復興したと言える日が来る事を、心から願って止みません。 文責 広瀬 強志
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